Twitterが震源 エンタメ産業100年目の転換

(2010年4月12日、日経ビジネス)

白い犬、かつてビクター、今ソフトバンク

日本にエンターテインメント企業が誕生してから今年で丸100年。 年表にあるシンボルの変化はエンタメ産業の主役交代を表している。 レコード、CDなどメディアの発展とともに成長してきたが、 最近は大物歌手やレコード会社もインターネットに熱中している。 さらにツイッターやライブ配信など「ソーシャルメディア」が震源となり、 産業の収益基盤から社会構造まで揺さぶる。

矢沢永吉もネットでROCK
紅白歌合戦

2009年の大晦日。国民的テレビ番組「紅白歌合戦」にサプライズで登場したのは、矢沢永吉だった。NHKホールに詰めかけた観客やテレビの前のファンは還暦を迎えた日本を代表するロック歌手の勇姿に驚喜した。

新しい音楽のビジネスモデル

だが、それを見守っていた音楽レコード会社幹部は「心中は複雑だった」と打ち明ける。なぜなら矢沢永吉こそ、新しい音楽のビジネスモデルの体現者。彼の心象風景の中には、音楽業界にこれまで君臨してきたレコード会社の姿はなかったからだ。

インディーズレーベル「ガルル・レコード」
自らがCDを制作・販売

矢沢が大手レコード会社との契約を終了したのは2008年のことだ。そして彼は自らがCDを制作・販売するインディーズレーベル「ガルル・レコード」を立ち上げた。

YAZAWA、レコード会社と決別

矢沢は日本経済新聞のインタビューに答えて、大手レコード会社から離れたその理由を説明している。

インターネットの時代
盤(CD)が売れない時代

「こんな時代、誰が想像しました?インターネットの時代ですよ。リスナーが自宅でダウンロードできる。盤(CD)が売れない時代ですよ。流通を持って、俺たちはメーカーでございますって時代は崩壊しつつあるんです」

歌のヒットの命運
テレビ番組のタイアップ

かつて歌のヒットの命運は大手レコード会社が握っていた。CDショップのポスターやテレビ番組のタイアップなど幅広く販売促進に関わり、資金を投入した。楽曲構成から発売のタイミングもレコード会社の思惑が絡む。

楽曲配信
レンタル

CDが最大の収益源である時代はそれが正解だった。しかし最近ではネットの楽曲配信により1曲ごとの購入もできる。収益源は多様化している。CDやDVDの販売はもちろん、レンタルも無視できない。

独自レーベルの設立
最適なビジネスモデル

こうした変化を感じた矢沢が出した答えが、独自レーベルの設立だった。これなら発売時期から楽曲まで自由に決められて、コンサート活動やテレビ出演などとの連動も思い通り。CD離れなど環境変化が進んでも最適なビジネスモデルを描ける。

TSUTAYA
カルチュア・コンビニエンス・クラブ

2009年9月、矢沢はCD・DVDのレンタル・販売を手がける「TSUTAYA」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブと契約を結んだ。1980年から2005年までのアルバム24タイトルを紙ジャケット仕様にしてガルル・レコードで発売。それをTSUTAYAで半年間独占販売する内容だ。

新アルバム「ROCK’N’ROLL」

この提携は、4年ぶりの新アルバム「ROCK’N’ROLL」を発売して全国ツアーを控える時期に始まった。全国のYAZAWAファンはTSUTAYAの店舗やネットショップで、CDやDVDを買い求め、レンタル需要も喚起した。

大手レコード会社からの独立
海外と同じ現象

冒頭のレコード会社幹部は言う。「矢沢の大手レコード会社からの独立は、日本にも海外と同じ現象が起きつつあることを示している」。海外では数年前からドラスチックな動きが日本に先行して起きているのだ。

マドンナ、プリンスも脱CD

ワーナー・ミュージック・グループ

米有名歌手のマドンナは2007年、米ワーナー・ミュージック・グループとの契約を終了した。動向が注目される中、彼女が選んだのはレコード会社ではなく、興行大手の米ライブ・ネーションだった。契約金は推定1億2000万ドル(約112億円)。ライブ・ネーションは2010年1月、米チケット事業最大手のチケットマスター・エンターテインメントを買収し、合併後の年間売上高は単純合計で56億6720万ドル(約5300億円)と、大手レコード会社に匹敵する企業規模となった。

ネットでダウンロード

楽曲そのものはネットでダウンロードしたもので満足できるかもしれない。だが、ライブに参加するという体験だけは他に代えられず、価値があれば消費者は必ずお金を払う。マドンナの考え方はシンプルだ。

英新聞「デーリー・メール」
プラネット・アース

2007年は、音楽関係者にさらに衝撃を与える事件が起きた。米国の人気歌手、プリンスが英新聞「デーリー・メール」日曜版に発売前の新アルバム「プラネット・アース」を無料のオマケとして提供したのだ。

コンサートツアー
チケット

当日のデーリー・メールの販売部数は280万部を記録した。プリンスは2007年8月から開催したツアーのチケットにもCDをつけた。英国のレコード業界や小売業界は売り上げ減を恐れて猛反発したが、そのコンサートツアーは21回すべてが完売するという大成功を収めた。

米大手小売りのターゲットと提携
小売店に直接独占販売

プリンスはさらに意欲的な取り組みも進めている。2009年3月、米大手小売りのターゲットと提携したのだ。新作アルバムを、大手レコード会社を通さず、小売店に直接独占販売させる異例の形態となった。

地殻変動を象徴

矢沢らの取り組みは、確固たるファン基盤を持つ大物だからできるとの指摘もある。だが底流にあるのは、ネットによる楽曲・映像の配信が市場を広げるのに伴い、CDというメディアの流通・販売のシステムを構築してきたレコード会社の強みは失われつつあるという事実。日米を代表するアーティストの活動はこの地殻変動を象徴している。

権利ビジネス
著作権

日本レコード協会会長の石坂敬一は「レコード会社は著作権そのものを持っていないため、“自家発電”できない。これからは権利ビジネスにも乗り出すべき」と、ビジネスモデルの弱点を指摘する。

コロムビアミュージックエンタテインメント

ネット企業がコロムビアと提携

さらに2010年1月、音楽・娯楽産業の歴史的転換を映す出資劇が起こった。

フェイス

日本において100年前から音楽産業を支えてきたコロムビアミュージックエンタテインメントが、新進のネット企業であるフェイスから31%の出資を受けて、その傘下に入ったのだ。

日本で最も古いレコード会社
名門企業

コロムビアは1910年設立で、日本で最も古いレコード会社だ。蓄音機時代からレコードを製造・販売するビジネスモデルを切り開き、美空ひばりら大スターを生み出してきた名門企業だ。

「着メロ」事業
電子マネー事業

一方のフェイスは設立から18年目。携帯電話やパソコン向けに音楽を配信する「着メロ」事業によって成長。ネット上の電子マネー事業を手がけるウェブマネーの買収など、積極的な経営姿勢で知られる。

豊富な過去作品の配信

コロムビアが持つ豊富な過去作品の配信などがすぐ思い浮かぶが、フェイス社長の平澤創は「むしろ新たな流通形態に即した歌手の発掘に主眼を置く」と戦略を明かす。

ミリオンヒット作品
消費者嗜好の多様化

この10年消費者の嗜好は多様化し、ミリオンヒット(100万枚超え)作品の数は激減した。平澤は「付加価値をつけて1万枚でも成立するような新しい仕組みが必要。我々はIT(情報技術)というツールを持つ。音楽と歌手の育成能力を持つコロムビアと協力することで、新たな音楽の流通スタイルを作りたい」と説明する。

日本蓄音器商会
エンタメ産業の縮図

1910年に日本蓄音器商会として設立されたコロムビアを巡る100年史は、電機・IT技術の発展とともに進化してきたエンタメ産業の縮図でもある。

蓄音機の普及

コロムビアは日本において蓄音機の普及に大きな役割を担った。そしてエンターテインメントのあり方を激変させた。それまでホールや劇場に赴くことでしか体験できなかった音楽や演劇などを、自宅で楽しめるようになったからだ。そしてそれを契機にエンタメ産業は興行からレコードやCDなどのパッケージを中心にしたビジネスへと転換することになった。

レコードやカセットテープ、CD
ビデオテープ、DVD、ブルーレイ・ディスク(BD)

音楽ではレコードやカセットテープ、CD。映像ではビデオテープ、DVD、ブルーレイ・ディスク(BD)。コンテンツを収める器やハードの形は時代とともに変化し、音質や映像品質の高度化が進んできた。高品質な複製を大量に製造・販売することで収益を上げるという、娯楽産業の基本的なビジネスモデルを確立した草分けがコロムビアだった。

音楽・娯楽産業

しかし市場規模が縮小する中で、音楽・娯楽産業を支えてきた産業地図は着々とその絵柄を変えている。

音楽と電機、蜜月の終焉

振り返ると、1960~1970年代は電機産業とエンタメ産業の融合が一気に進んだ時期だった。コロムビアは1963年、デンオンのブランドで知られた日本電気音響を買収。1969年には日立製作所と資本・業務提携してグループ入りする。

ソニー・ミュージックエンタテインメント

ワーナー・ミュージック・ジャパン

ソニーが米CBSと合弁でレコード会社を設立(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)したのは1968年のこと。米ワーナー・ブラザーズとパイオニア、渡辺プロダクションが合弁企業(現ワーナー・ミュージック・ジャパン)を設立したり、東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)が誕生したりしたのもこの時期だ。

オランダのフィリップス
AV(音響・映像)機器

1982年にはソニーとオランダのフィリップスが共同開発したCDが商品化される。電機メーカーの新技術を搭載した製品がエンタメ産業を成長させ、それによってAV(音響・映像)機器が売れる好循環があった。音楽や映画会社にとっても、コンテンツを制作してCDやDVDを大量生産し流通販売に乗せるための資本力や交渉力を持つ電機メーカーは格好のパートナーだった。

マイケル・ジャクソン(MJ)
アルバム「スリラー」

スーパースター、マイケル・ジャクソン(MJ)が、CD商品化と同じ1982年に発売したアルバム「スリラー」は、全世界で1億枚以上を販売した。MJはまさにパッケージを中心とした娯楽産業の絶頂期を象徴していた。

英EMIグループ
東芝EMI

だが、2000年以降、電機と音楽の蜜月は崩れ始める。2001年、日立はコロムビア株式を投資ファンドのリップルウッド・ホールディングスに売却。コロムビアからAV機器部門が、デノンとして分離された。東芝は2007年、東芝EMIの保有株式をすべて英EMIグループに売却した。

AV技術
レコード会社

AV技術は成熟し、電機メーカーが新製品を出しても市場の大幅な拡大は望めなくなっていた。レコード会社にしても、既に流通や生産の体制を確立しており、電機業界の出資を受ける意味は薄れていた。

コロムビアはネット企業の傘下に

そして2009年にMJが亡くなり、2010年にコロムビアはネット企業の傘下に入った。

ネットワークが市場創造のカギ

流通形態はデータ配信へ

音楽や映像の流通形態はデータ配信へと変わりつつある。配信ではデータを納めたパッケージがいらなくなる。前提条件が変わる中で、100年続いたパッケージ中心のビジネスモデルが根底から揺さぶられているのだ。

コンテンツ
人気と収入を得るカギ

いかにインターネットに音楽や映像などのコンテンツをつなげるか。それが人気と収入を得るカギとなる。

娯楽産業への出資

その事実は今や唯一、電機大手で娯楽産業への出資を続けるソニーを見てもよく分かる。

配信サービス
競争優位につながる

ソニー会長兼社長のハワード・ストリンガーは「すべてがネットにつながる時代に、コンテンツを持つことが競争優位につながる」と説明する。ソニーはネットを使ったコンテンツの配信サービスに本格的に乗り出そうとしている。ネットのプラットフォームとの相乗効果を意識しているからこそ、娯楽産業への投資を続けているのだ。

米アップル
iPodやiPhone

ネット時代の主導権は、配信のプラットフォームを築いた企業へと渡る。米アップルはiPodやiPhoneを発売、一方で音楽・映像配信サービス「iTunes Store」を擁する。これでアップルは今や全米最大の音楽小売業者となった。消費者は米グーグル傘下の配信サービス「ユーチューブ」で無料で音楽を楽しむのが当たり前になった。

ユーチューブ
ユーストリーム

アーティストもこうした潮流に敏感に反応している。U2やKISSといった大物ロックバンドは、動画配信サービス「ユーチューブ」や「ユーストリーム」に自身のライブ映像を流している。

違法ダウンロード問題

ここにレコード会社も吸い寄せられる。違法ダウンロード問題やアップルによる価格統制で痛い目を見たことでネットに拒否感を抱いていたが、急速にネット企業に接近し始めた。

グーグル

2006年ごろから、Googleの検索結果でツイッター(twitter)とYoutubeが検索結果の上位を占めることが多くなった。 このため、twitterで個人攻撃をツイートされたり、Youtubeで無断で動画をアップされたりすると、それをGoogle経由で多くの人に見られてしまう。 それを消去しようとしても、問い合わせ先が分からなかったり、英語で申請する必要があったり、手続きが煩雑になる。 そこで、手っ取り早く検索結果を修正する手段として、逆SEOといったような解決策が登場した。 まさに個人や会社が検索汚染から自分や自分の家族の評判を守る時代に入ったのです。

VEVO

2009年、米ユニバーサル・ミュージック・グループとソニー・ミュージックエンタテインメント、EMI、グーグルはユーチューブのシステムを利用して「VEVO」というウェブサイトを開始した。レコード会社は消費者に音楽をVEVOで無償提供し、その代わりに広告収益を受け取る。

パートナーを電機業界に

かつて貴族ら一部の特権階級がパトロンとなって成立したエンタメ産業は、パートナーを電機業界に変えることで多くの人に楽しまれるようになった。今はネット企業がその役割を果たすようになってきたというわけだ。

SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)
ツイッター、フェースブック

そして今、ネットはもう一段進化し、さらなる地殻変動が起きようとしている。140文字以内で投稿するつぶやきコミュニケーションサービス「ツイッター」や、フェースブックやマイスペースに代表されるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など消費者参加型の「ソーシャルメディア」の台頭だ。

ソーシャルメディアの特徴
双方向性と発信力

ソーシャルメディアの特徴は、双方向性と発信力。ミュージシャンとメッセージを交換したり、感想を書き込んだりできる。また手軽さとクチコミ効果による強烈な伝播力も見逃せない。さらに個人がそれぞれ作成したコンテンツを独自配信できる力もある。

手軽な双方向性

手軽な双方向性に発信力と伝播力。かつて資本力のある大手レコード会社が独占してきた特長を、個人が持つと音楽・娯楽産業はどうなるのか。

コンテンツから資金の流れ

次ページからはコンテンツから資金の流れまで、その新しい動きを追う。

技術の進化とともにエンタメ産業は発展してきた

過去100年間のメディアの変遷
日本ビクターは犬のシンボルで知られる

ソフトバンクは携帯電話のCMに白い犬を活用

1877年 トーマス・エジソンが蓄音機(フォノグラフ)発明
1887年 エミール ベルリナーがグラモフォン発明
1877年 トーマス・エジソンが蓄音機(フォノグラフ)発明
1910年 日本蓄音器商会(現コロムビアミュージックエンタテインメント)設立
1948年 米コロムビアがLPレコード発売
1949年 米RCAビクターがEPレコード発売
美空ひばりは時代を代表する歌手に
カセットテープ
1979年 ソニーが携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」発売
ビデオテープ
CD
1982年 ソニーがCDプレーヤー発売。マイケル・ジャクソンがアルバム「スリラー」発売。世界で最も売れたアルバムに(累計1億枚を突破)
1992年 ソニーがMDプレーヤー発売
1996年 東芝などDVD発売
ブルーレイ・ディスク(BD)
2001年 米アップルが携帯音楽プレーヤー「iPod」発売(配信サービスの楽曲ダウンロード数は累計100億曲突破)
2002年 携帯電話向け音楽配信「着うた」開始
2007年 米アマゾン・ドット・コムが電子書籍媒体「キンドル」発売。アップルが「iPhone」発売
2010年 アップルが新型端末「iPad」発売
矢沢永吉氏は独自でレコード会社を設立。マドンナも市場を創造
電機業界との関係が変化
主なコンテンツ企業の資本構成の変遷
コロムビアミュージックエンタテインメント
1910年 日本蓄音器商会として設立された日本最古のレコード会社
1963年 日本電気音響を吸収合併
1969年 日立製作所グループ入り
2001年 リップルウッド・ホールディングス傘下に。ハード部門を分社化し譲渡
2010年 ネット企業フェイスの傘下に
EMIミュージック・ジャパン
1960年に設立された東芝音楽工業が前身
1973年 英EMIが資本参加して東芝EMIに改称
2007年 東芝が保有する全株式をEMIに売却し資本離脱。親会社のEMIは英投資会社テラ・ファーマが2008年に買収回
ワーナー・ミュージック・ジャパン
1970年 米ワーナー・ブラザーズとパイオニア、渡辺プロダクションの合弁企業として設立。その後、渡辺プロダクション、パイオニアが資本離脱
2004年 親会社の米タイムワーナーが音楽部門を投資家グループに分離・売却したのに伴い現社名に
NBCユニバーサル(旧MCA)
1924年 米映画・音楽会社のMCAが前身
1991年 松下電器産業(当時)が買収
1995年 カナダのシーグラムが買収し、1996年にユニバーサルに社名変更
2000年 仏ビベンディと統合
2004年 米ゼネラル・エレクトリック(GE)が買収して傘下の米NBCと合併し現社名に
2009年 12月に米ケーブルテレビ大手のコムキャストがGEからの買収を発表した。なお音楽事業はNBCとの合併対象から外れたため、米ユニバーサル・ミュージック・グループは今もビベンディ傘下
ソニー
1968年 国内で米CBSと音楽合弁会社を設立
1988年 CBSの音楽事業を買収して海外事業に進出
1989年 コロンビア・ピクチャーズ・エンターテインメントを買収して映画事業に参入